京都地方裁判所 昭和45年(行ウ)7号 判決 1974年1月25日
京都府宇治市神明宮西五番地
原告
森伊三男
右訴訟代理人弁護士
石川惇三
右訴訟復代理人弁護士
田辺照雄
京都府宇治市大久保町北山一六番地の一
被告
宇治税務署長
牛居秀雄
右指定代理人
井上郁夫
同
村上睦郎
同
樋口正
同
山口一郎
同
棚橋満雄
同
関襄
同
高橋和夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告が原告の昭和四二年度分の所得税について、昭和四四年四月二六日付でした所得金額九、二八五、八八九円とした更正処分のうち金四、一九三、七九六円を越える部分および過少申告加算税賦課決定処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は昭和四二年度の所得につき、総所得金額四、一九三、七九六円、課税所得金額三、七一三、〇〇〇円と申告した。これに対し被告は昭和四四年四月二六日、右年度の原告の総所得金額を九、二八五、八八九円、課税所得金額を八、八〇五、〇〇〇円とする更正処分および過少申告加算税一二〇、八〇〇円の賦課決定処分をなした。
原告は右更正処分等に対し異議の申立をなし、被告の棄却決定に対し更に大阪国税局長に対し審査請求をなしたが昭和四五年三月二五日棄却された。
2 しかし、昭和四二年度の原告の所得は申告のとおりであり、右更正処分のうちこれを超える部分および過少申告加算税賦課決定処分は違法であるからその取消しを求める。
二 請求原因に対する答弁
第1項は認め、第2項は争う。
三 被告の主張
1 原告が被告に対して提出した昭和四二年分所得税の確定申告書の内容は次のとおりである。
(一) 事業所得の金額 三、三七三、三八七円
(二) 譲渡所得の金額 八二〇、四〇九円
(三) 総所得の金額 四、一九三、七九六円
(四) 所得控除の額 四八〇、〇〇〇円
(五) 課税所得金額 三、七一三、〇〇〇円
(六) 所得税額 一、〇五四、〇〇〇円
2 右申告にかかる所得金額のうち譲渡所得の金額八二〇、四〇九円は、別紙目録(一)、(二)記載の物件の譲渡によるものである。原告は別紙目録(一)記載の物件を訴外坂井商事株式会社外一社に対し、金二〇、七五六、六〇〇円で譲渡し、別紙目録(二)記載の物件を訴外小松潔外一名に対し、金七五二、五〇〇円で譲渡したが、右譲渡には租税特別措置法(以下措置法という)第三五条(居住用財産の買換の特例)および同法第三八条の六(事業用資産の買換の特例)の適用があるとして、次の方法により譲渡所得を金八二〇、四〇九円と算出して、その旨申告したものである。
(1) 譲渡による収入金額 二一、五〇九、一〇〇円
(2) 右の必要経費 五、一八八、一一〇円
(3) 措置法第三五条の買換財産の取得価額 五、五三四、五一八円
(4) 措置法第三八条の六の買換資産の取得価額 一三、四二〇、〇〇〇円
(5) 措置法の特例による収入金額{(1)-((3)+(4))} 二、五五四、五八二円
(6) 同必要経費((2)×(5)/(1)) 六一三、七六三円
(7) 同譲渡益((5)-(6)) 一、九四〇、八一九円
(8) 譲渡所得の特別控除額 三〇〇、〇〇〇円
(9) 譲渡所得の金額{((7)-(8))×1/2} 八二〇、四〇九円
3 ところが、被告の調査の結果、右譲渡所得については、措置法第三五条(居住用財産の買換の特例)の適用は認められるが、同法第三八条の六(事業用資産の買換の特例)の適用は、次のとおり認められないことが判明した。
(一) 原告は昭和三一年に訴外平田是竜外二名から別紙目録(一)、(二)記載の土地(以下本件土地という)を買受ける旨の売買契約をなしたが、訴外高谷政治郎外八名が農耕地として耕作しており、所有権移転につき農地法所定の知事の許可もなかつたところから、所有権移転につき紛糾した。このため原告と耕作人訴外高谷政次郎外八名との間においては賃貸借契約は結ばれておらず原告は同人らから賃料の支払いを受けていたことはない。
従つて、措置法施行令第二五条の六(昭和四四年政令第八六号改正前)に規定する事業と称するにいたらない不動産又は船舶の貸付けその他これに類する行為で相当の対価を得て継続的に行なうという要件を満たしていない。
(二) 又原告と耕作人訴外高谷政次郎外八名との間で本件土地の所有権の帰属につき紛争があり、訴外人らが本件土地を占有耕作していたため、原告が本件土地を耕作できる状況ではなく、原告が自から農耕事業として収入を得るため本件土地を耕作していたものでもない。
従つて、措置法第三八条の六の事業の用に供する資産という要件を満たさない。
4 そこで、原告の譲渡所得につきその申告に基いて措置法第三五条のみを適用してその金額を計算すると、次のとおり金五、九一二、五〇二円となる。
(1) 譲渡による収入金額 二一、五〇九、一〇〇円
(2) 右の必要経費 五、一八八、一一〇円
(3) 措置法第三五条の買換資産の取得価額 五、五三四、五一八円
(4) 措置法の特例による収入金額((1)-(3)) 一五、九七四、五八二円
(5) 同必要経費((2)×(4)/(1)) 三、八四九、五七七円
(6) 同譲渡益((4)-(5)) 一二、一二五、〇〇五円
(7) 譲渡所得の特別控除額 三〇〇、〇〇〇円
(8) 譲渡所得の金額{((6)-(7))×1/2} 五、九一二、五〇二円
5 従つて、次のとおり原告の昭和四二年分の総所得金額は金九、二八五、八八九円、所得税額は金三、四七一、三〇〇円過少申告過算税額は金一二〇、八〇〇円であり、本件更正処分および加算税の賦課決定処分には何らの違法はない。
(一) 事業所得の金額 三、三七三、三八七円(申告どおり)
(二) 譲渡所得の金額 五、九一二、五〇二円
(三) 総所得金額 九、二八五、八八九円
(四) 所得控除額 四八〇、〇〇〇円(申告どおり)
(五) 課税所得金額 八、八〇五、〇〇〇円
(六) 所得税額 三、四七一、三〇〇円
(七) 過少申告加算税額 一二〇、八〇〇円
四 被告の主張に対する原告の反論
1 原告は農業を業とする者であるところ、本件土地を農業の用に供する目的で、訴外森惣一と共同で買受けたものであるが、訴外高谷政次郎等数名のものが不法に占有して明渡しに応じないので、止むなく訴訟を提起しその排除を求めたのである。
2 原告としては本件土地を耕作するつもりであつたが、右のとおり不法に占有されていたため、その大部分の土地は耕作することができず、わずかに、別紙図面記載の赤斜線を自ら耕作できたに過ぎなかつた。
右の現実に耕作していた土地が、措置法第三八条の六にいう事業用資産に該当することは当然であるが、その余の耕作していなかつた土地についても、違法な妨害により耕作することができなかつたものであるから、現実に耕作していなくとも、やはり同条の事業用資産にあたるというべきである。
第三証拠
一 原告
1 甲第一ないし第五号証、第六号証の一ないし六、第七号証の一ないし四。
2 証人小西佐太郎、原告本人(第一、二回)
3 乙号各証の成立は認める。
二 被告
1 乙第一ないし第一八号証。
2 甲第五号証の成立は知らない。その余の甲号各証の成立は認める。
理由
一 請求原因第1項の事実は当事者間に争いがなく、原告が被告に対し提出した昭和四二年分所得税確定申告書の内容及び原告がそのうちの譲渡所得の算出根拠とした事実についての被告の主張(三の1、2項)は、原告に於て明らかに争わないので自白したものとみなされる。そうすれば被告の更正処分と原告の確定申告とに於て生じている相違点は、譲渡所得の金額についてのみであり、原告が譲渡した別紙目録記載(一)、(二)の本件各土地が措置法第三八条の六の適用を受ける事業用資産と言い得るかに帰するので、以下この点につき考察する。
成立に争いのない甲第六号証の一ないし六、乙第一八号証及び原告本人尋問の結果によれば、次の各事実が認められる。
1 本件土地は昭和二三年頃までは竹藪であつたが、同年一一月二三日頃、宇治町農地委員会の定めた日創法による売渡計画に基づく同委員会の割当並に指示に従い訴外高谷政次郎外八名の者が入植して開懇し茶園、菜園等として耕作し農地化していたこと。
2 右高谷ら入植者は自創法による売渡を受けることを信じて疑わず、農地委員会の指示に従い、その対価の支払をも了していたところ、農地委員会では先に昭和二三年三月頃本件土地の所有者平田是竜外二名に対する未懇地買収計画を樹立したが、内容不備のため京都府農地委員会より返戻され、その後昭和二四年三月頃本件土地に対する買収と売渡計画に関する書類を京都府の地方事務所農地課へ提出せんとしたが手違いを生じ書類の所在が不明のまま手続は履践されず、知事の買収令書、売渡通知書はもとより、府の農地委員会の承認すら受けることなく放任されてきたので、この重大事態を善処するため当時農地委員であつた原告及び訴外森惣一は、土地所有者より一応原告らが本件土地を買受けておき、これを入植者らに売渡す方法をとることによつて、その価格は自創法による場合の如く安価にはゆかないが、事態の収拾を図ろうと考え、自己個人の利益を離れ、農地委員としての道義的責任感より本件土地を昭和二九年に所有者平田是竜外二名より買受けることを約し、手付金を支払い、残金の支払及び所有権移転登記は入植者らの買受がまとまればその時点で入植者らより支払わせ同人らに直接移転登記を受けさせるつもりでいたこと、その後次項記載のとおり事態が意の如くならず昭和三一年一一月五日及び同月六日に原告ら名義で所有権移転登記を受けるに至つたこと。
3 農地委員会は入植者らに対し未懇地買収、売渡手続の懈怠を詫び、原告らも農地委員としての道義的責任から事態を説明して、任意売買の方法によつて解決したい旨を告げたが、手続懈怠に対する入植者らの不満は大きく又売買価格の折合の見込も立たなかつたので、原告らは右方法による解決を断念し、入植する高谷外八名に対し不法占拠者として明渡しを求めることを考え、昭和三一年一一月五日及び同月六日に原告ら名義で所有権移転登記を受け、昭和三二年に右高谷らに対する本件土地明渡訴訟を京都地方裁判所へ提起したが控訴審に於て係争中京都簡易裁判所での農事調停(昭和四〇年(ユ)第四〇〇号事件)の成立を見るに至り、原告らより坪当り三千円の割合による明渡料を支払うことにより昭和四二年三月二〇日限り明渡す旨の約定をなしたこと。
4 原告は本来専業農家であつたが、昭和三四年頃より副業的に始めた宅地建物取引業が昭和三七年以降は本業化し、昭和四二年からは全く農業を廃したこと。本件土地は概して地味之しく、入植者の中には昭和三七年頃から耕作を抛棄した者もあり荒地化していたので、原告はそのうち平担で比較的開懇に適した若干部分を訴外小西佐太郎に依頼して開懇し、その頃から昭和四〇年末頃まで三ケ年ほど大根、馬鈴薯などを作つたことがあること。その後高谷らより前記調停による明渡を受けた直後の昭和四二年四月及び五月に本件土地を他へ譲渡したこと。
以上の各事実を認めることができる。成立に争いのない乙第二ないし第一〇号証、同第一二ないし第一四号証、同第一六号証は右認定4項中の原告が一時期耕作していたとの事実に反するものであるが、これら証拠は措信しない。そして他に右各認定事実を覆えすべき証拠はない。
これらの事実によれば、原告は昭和四二年以降全く農業を廃し、宅地建物取引業に転じていたのであるから、それ以前に本件土地を耕作していた事実があるとしても、原告らが本件土地を譲渡した昭和四二年四、五月当時原告にとつて本件土地が事業(農業)用資産でなかつたことは明白である。
そうだとすると、本件土地の譲渡については措置法第三八条の六の適用は認められず、同法第三五条が適用されるのみであるから、右譲渡所得の算出にあたつては、被告の主張する方法(事実摘示欄第二三、4記載のとおり)によるべきこととなり、譲渡所得の金額は金五、九一二、五〇二円となる。
二、以上によれば、原告の昭和四二年分の総所得金額、所得税額および過少申告加算税額は次のとおりとなる。
(一) 事業所得の金額 三、三七三、三八七円
(二) 譲渡所得の金額 五、九一二、五〇二円
(三) 総所得金額 九、二八五、八八九円
(四) 所得控除額 四八〇、〇〇〇円
(五) 課税所得金額 八、八〇五、〇〇〇円
(六) 所得税額 三、四七一、三〇〇円
(七) 過少申告加算税額 一二〇、八〇〇円
三、本件更正処分および過少申告加算税賦課決定処分の総所得額、課税所得額、所得税額、加算税額はいずれも前項記載の数額と一致するから、右各処分はいずれも適法になされたものというべきである。
よつて、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 林義雄 裁判官 富川秀秋 裁判官 房村精一)
目録(一)
宇治市神明石塚五四番の七 畑 九〇二平方
〃 〃 〃 の八 〃 一、一二八〃
〃 〃 〃 の二一 〃 九二七〃
〃 〃 〃 の二二 〃 一、四一九〃
〃 〃 〃 の二三 〃 一、〇五九〃
〃 〃 〃 の二〇 山林 一、〇四一〃
〃 〃 〃 の五〇 〃 一畝一七歩
〃 〃 〃 の五一 〃 三畝九 歩
〃 〃 〃 の一一〇 〃 一二二平方米
〃 〃 〃 の一一一 〃 一九三〃
〃 〃 〃 の一一二 〃 一九九〃
〃 〃 〃 の一一三 〃 五〇七〃
〃 〃 〃 の一一四 〃 二六二〃
〔但し、右資産全部につき訴外森惣一と共有持分二分の一〕
宇治市神明宮西54番地の内
<省略>